鍼灸は髪の毛よりも細いものや、米粒の半分ほどの大きさのものを扱って、身体の治療をしていくものですが、最初に触った人から取ってみれば、細かくて正気の沙汰とは思えないものかもしれません。
それだけ細かいものを扱って治療を行っていくので、鍼灸師をやろうとする場合は、職人になるというのと近いと思います。職人になるために必要なことは、知識だけではなく技術を学ばないといけなくなります。
技術職として考えたとときには、いい師匠に付く方がいいということで、鍼灸師の中では師弟の関係が言われることがあります。いまどき、徒弟制度かというところですが、技術や知識を入れるのに、手から手、接している場をそのまま伝えるという徒弟制度が一番早い方法だと考えられます。
患者さんとの会話はそのときに行われるショーに近いので、ショーの仕方は映像資料を何度見ても、相手が同じ反応をしないので、同じように行うことはできないものになります。
同じように行えるようにするには、そのショーに立ち続けて一緒に行うのが一番なので、伝統芸能の世界でも小さい頃から少しずつ場数を踏み、舞台の中で先輩の演技を見ながら成長して段々と演技の幅と増やしていきます。
昔の本などを読んでいると、師匠の治療手伝いをして、その隙に技術を盗み見て自分のものとしていきながら、空いた時間で師匠の身体を揉みこみ、身体の触り方と身体を触って知り、鍼に進んだという話もありますが、身体をとにかく触りまくるのは、頭ではなく手で筋肉などの位置と構造を叩きこむものでもあるので、指導を受けながら触り続けるというのはいいことなのかもしれませんね。
ただ、師匠側がただの強揉みを求めるような刺激好きだと、教わる側はちょっと辛いし、構造を手で覚えるというのと違うことになってしまいそうですね。
私は触るということで指導を受けたこともありますが、指導をする側がしっかりと理解をしていないと弟子が育たないことになると思います。よく指導すると言う話がありますが、自分以上の人間を育てられないので、自分の成長が指導する上での鍵になると言われるのは、鍼灸にも関係あると思います。
整骨院や整形外科で後輩の指導をしているという話を聞くこともありますが、その方の技術と知識が低ければ、それ以上に伸びることはほとんどないので、そこの技術レベルが分かれば、今後がどうなっていくのかも予想することが出来ます。
もちろん、接遇がよくて対応が素晴らしければ安定もすることもあるので、技術だけではなく、そういったところも見ておくことが大切なのだと思います。
技術を学ぶときには、見取り稽古のように考えることが大切で、師匠の手先を見るのではなく、どのように身体を使って、その動きを支えているのかを見ておくことが大切なので、講習会などでも技術を見ることができるときには、手先だけに集中しないように全体を見ておくことも大切になります。
DVDだと手先だけを移しているものが多いので、結局、自分で見てみたいと思ってしまうことが多いですね。私は全体も見たいと思うのですが、一般的には手先を見たいという希望が多いということなのでしょうね。