標本―東洋医学の治療の考え方

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 標本というと、昆虫採集の標本のように、見本という意味になってしまいますが、東洋医学の標本は治療にも関わる重要な考え方になります。

 東洋医学では身体の状態を四診という診断法によって把握をして、その人の本質・体質である証を決定していくことが重要になります。この証には症状という意味ではなく、いろいろな症状を発生させる大本の状態という意味になります。東洋医学の四診に関してはこちらのブログを参考にしてください。

「東洋医学の診断法―四診」

 

 証を決定するためには、主訴だけではなく、身体の状態を細かく聞いていくことが大切なのですが、鍼灸での治療では主訴と治療が別になることがあります。言っていることが分かりにくいと思うので、例えを上げて説明をしますね。

 

 例えば、肩こりの患者さんが来院したとして、患者さんの要望としては肩こりの改善ですが、他に症状がないかという質問をしたら、足がつりやすく、目の渇きもあるという答えが返ってきたら、足がつりやすいのは肝血と関係しやすく、目の渇きも肝血と関係しやすいことから、この方の証は肝血の不足ではないかと考えることが出来ます。この状態は肝血虚証という証になるので、肝血虚証と肩こりを考えると、肝血が不足したことによって、肩周りの筋への栄養作用が低下をしてしまって痛みが出ているのではないかと考えることが出来ます。肝や血に対する基本的な話はこちらのブログを参考にしてください。

「東洋医学の血と現代医学の血液の違いは?」

「肝の働き」

「肝虚は血虚」

 

 肩こりが主訴で、肝血虚証ということになった場合は、肝血虚証を治療すれば、自然と肩こりが治っていくと考えて治療をすることも可能です。これが、主訴と治療が別になるという意味です。患者さんからしてみれば、肩の問題だから肩に治療をして欲しいという現代医学的な知識が基本になるので、鍼灸の治療が分かりにくいと感じるところだと思います。

 

 こういった、症状と証を分けて考えることによって、治療も症状に対して行うのか、証に対して行うのかを分けることが出来ます。この治療を分けて考えるのが、標本という概念になります。標本の分け方を分類すると以下のようになります。

  • 標:急性の病、局所、症状
  • 本:慢性の病、体質、証

 

 2つに分けるということなので、これは陰陽論がベースにあるというのが分かるのですが、標本を分けて考えることによって、これから行う治療が、本の治療なのか、標の治療なのかを考えていくことができます。

 

 本に対して治療を行うのを本治(ほんち)、標に対して治療を行うのを標治(ひょうち)と分けることが出来ます。

 

 先ほどの、肝血虚証で肩こりの人からしてみれば、治るなら何でもいいけど、肩の痛いところもやって欲しいと思いますよね。その場合は、必要であれば、本治だけではなく、標治を行うことがあるので、この場合は、標本同治(ひょうほんどうち)と言います。

 

 整骨院などで鍼灸治療を行っている場合だと、治療時間が短いことがあるので、標治が中心になることが多いですが、鍼灸院での治療では、本治が含まれることがあります。その場合は、症状があるところに対してもアプローチをすることが多いので、鍼灸治療の多くは標本同治を採用しているところが多いと思います。

 

 長く継続して通っている患者さんだと、最初に来院した時の症状がなくなり、日々の疲れを取るのと、悪化しないようにすることが重要なので、標治の割合が少なくなり、本治が中心になっていくことがあります。

 

 ただ、そういった患者さんでも疲れが貯まって、朝、起きたら寝違えをしたという状況があるので、その場合は、本治を置いておいて、標治を中心にすることがあります。この考え方で重要なのは、身体の状態を把握するということだけではなく、自分がしている治療が何に対して行っているのかを意識出来るところですね。

 

 症状があまりにも辛い方や初診のときでは、標治の割合が多くなり、段々と本治の割合が多くなるということも多いので、治療時間が短くなっていくこともありますね。東洋医学を使わずに現代医学を中心とした鍼灸を行う場合は、標治が中心になるので、本治が少ないことが多いです。

 

 東洋医学を使うということは、臓腑や経絡を考えて、全身のバランスを調整しようということが重要なので、この標本という考え方は大切なものになります。こういった身体を整える診方があるので、鍼灸師は整体師とも言えます。この内容に関してはこちらのブログを参考にしてください。

「鍼灸師は整体師」

 

 患者さんの身体の状態を把握して、証を決定して、標本によって治療を行うのが重要なので、治療の心構えとして、“治療をするのであれば本を考える”と言われます。証と本が決定したら、その人の虚実を考えて補瀉を行うのが治療としてのまとまりになりますが、虚実に関してはこちらのブログを参考にしてください。

「東洋医学における体調不良の考え方―虚実」

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