東洋医学の思想は東洋哲学思想がベースになるので、様々な考え方が含まれていますが、天人合一思想は、簡単に言ってしまえば、人は自然の影響を受けると言うことになります。
人や宇宙の成立ちというのは分からないことなので、“気”という用語で説明をしています。この宇宙の中には、星や人、様々なものが存在をしていますが、これらも全て気によって成り立っていると言えます。気に関する話はこちらでも書いています。
東洋哲学では人や物の成立ちは気という用語で説明するのに成功をしたのですが、人が存在をし続けるのに何が重要なのかを考えたときに、“自然である”というところに行きつきます。
例えば、人が生きていくためには、空気と食べ物が必要になりますが、空気と食べ物を得られるのは自然からになります。ということは、人は自然の影響を受けることで存在することが出来るので、人と自然は相互に関係をするということになり、この考え方を天人合一思想(天人相応)と考えていきます。
天人合一思想を説明するのに様々な言い方が出てくるので混乱をしてしまうことがあるかもしれないですが、これはいろいろな説明の仕方があり、それがそのまま伝わっているからになります。
例えば、自然は宇宙という存在で成立っていますが、宇宙には太陽だけではなく、地球や月、人、動植物がいて成り立っていますよね。このバランスについては、何故、壊れてしまわないかと言えば、気という存在が成り立たせていると言えます。
この考え方を人に当てはめてみると、人と言う存在は、骨や肉を集めれば人という存在になれる訳ではないですし、様々な細胞がお互いにバランスを取ってなりたっています。何故、壊れてしまわないかと言えば、気をいう存在が成り立たせていると言えます。
同じような文章で締めてみましたが、こうやって考えると人と自然は同じですよねと言うことが出来ます。これも天人合一思想と言えます。こうやって、宇宙や自然と一緒に人を考えていくことで言われるようになった言葉が、人体は小自然・小宇宙という用語です。
学生時代にこういった用語は習ったのですが、分かったような分からないような気持ちになった覚えがあり、説明を出来るようになったのは最近ではないかと思います。何故、書けるようになったかというのは、このブログでいろいろと考え直したおかげになります。
ある人について説明をするときでも、“名前”、“職業”、“住んでいる所”、“趣味”といろいろな話しをすることが出来ますが、天人合一思想も同じです。ただ、分かりにくく感じてしまうのは、気の思想がベースにあるということで、自然や人の生命は気であるという前提を理解することが必要になると思います。
他にも説明の仕方がありますが、これは『霊枢』邪客篇の内容と関係をします。この話しは簡単に言ってしまえば、人と自然は似ているところがあるということです。
例えば、人には声という音がありますが、自然だと雷という音があります。人では体温があり、身体の状態によって熱くなったり寒くなったりしますが、自然の中では季節変動として暑くなったり、寒くなったりするという話しが書かれています。
他にもいろいろ説明があって、よくここまで説明をしているなという話しが沢山載っているので、興味がある人はネットでもいいので文章を見てみるといいですよ。全部、漢字ですけど。
よくいろいろな説明をしているなというところですが、東洋医学が作られたと考えられたのは2000年前ぐらいまでは遡れるので、その間にいろいろな説明の仕方をしたのだと思います。もちろん、東洋医学のベースになった、東洋哲学の思想はその前の時代から存在しているので、それを考えたら、2000年以上、伝言ゲームや書籍として伝わってきているので、説明の量が増えるのは仕方がないですね。
実は他にも説明があります。海や空気に伝わる熱というのは、下から上に行くという動きがあり、冷たい物は上から下に降りるという性質がありますが、人の身体の寒熱も同じように上下で動きやすいという考えです。
お風呂のお湯は上が熱くて下が冷たくなりやすいですが、人も同じように上が熱くて下が冷たくなりやすいです。寒熱の偏りやすさということでは人も自然も同じになります。
こうやって、何通りの説明をすると、確かに人と自然は似ているところがあるのかなという考え方になってもらえれば天人合一思想を理解できたと言えると思います。何故、似てくるのかと言えば、物事のベースには気と言う存在があるので、物としての違いはあっても本質は同じだと言えます。天人合一思想に関しては以前にもブログで簡単に書いていますので、こちらも参考にしてみて下さい。
人は自然と同じであるというのが天人合一思想でしたが、そこから発展をして、人は自然の中で生きていますが、人が生きるというのは、天と地に支えられているから存在しているという考え方が天地人三才思想になります。あっ、つながりでどちらが先で後かは私は分かりませんが、理解や考え方としてはこの順番だと思っています。