東洋医学を使う鍼灸・漢方では手関節のところにある橈骨動脈を触れることで身体の状態を把握する脈診を利用することが多く、脈の状態のことを脈象(みゃくしょう)と言い、文献によって違いがありますが、30程度あります。
脈診を学習するときに、特徴的な脈象を覚えていくことが必要で、脈象と状態や体質が対応することが多いのですが、何故、そのような脈象になるのかについては自分で理解していかないといけないです。
1.脈象と自然(脈象と外邪)
人の身体は、自然と一体であり、自然の力は身体に影響を与えるので、季節によって脈象に変化が出ることがあります。
夏のような暑い時期では、熱が豊富な状態になるので、体内の気血の循環がよくなるので、脈象も強く勢いが生じやすく、冬の時期では、寒が豊富な状態になるので、寒の凝滞性・収引性によって気血の循環が悪くなり、脈象が弱くなることがあります。
さらに詳細に見ていくと、春は成長する力が強くなるので、脈象は強い状態になりやすく、夏は勢いが強くなるので、脈象も非常に強い状態になりやすいです。秋は冬に向けて落ち着いて行く時期になり、乾燥も強い状態になるので、津液の不足により血の粘滞性が上昇したり、脈自体が落ち着いたりすることがあります。冬の時期では、生命の働きが内部に籠っていくので、脈自体が硬く感じやすくなることがあります。
長夏は雨の時期ともいえますが夏と秋の間になるのでまだ暑さもあるために、脈自体がやや速かったりします。気候も不安定なときになるので、痰湿が身体に影響して循環がやや低下するので、脈の去来が不安定になることがあります。
2.脈象と気血津液
脈は中に血が流れている奇恒の腑になるので、脈象は血の状態を把握することが出来ます。血は水穀の精微と津液によって生成されるので、脈が弱いということは、血が少なくなっていると考えることが出来るので、血の不足、津液の不足が関係することがあります。
血は水穀の精微と津液によって生成されていきますが、不足すれば精が補うので、血の不足が生じて、脈が弱くなっている場合は、精の不足も関係していることがあります。
血は気の推動作用によって循環しているので、気の不足や停滞によって、気の働きが低下してしまうと、血の流れにも影響してしまい、脈象にも変化が現れていきます。
臓腑などの体質的な変化によって、気血津液精に異常が生じれば脈象が変化しますし、自然の力が身体に影響した場合も脈象に変化が現れるので、脈象は身体の状態を把握するのに適しています。
3.脈象と臓腑
脈の中を流れる血は、精、気、津液などの影響を受けるので、臓腑の働きの影響も強く受けます。肝であれば、血を貯める蔵血という働きと、血の運行に関わる疏泄の働きがあるために、肝の問題が発生すると脈象に変化が生じていきます。
心は、精神と関わる神志という働きがあり、精神の働きは血を消耗するので、神志が過剰になれば血に影響がでますし、血の運行と生成を行う主血という働きがあるので、心の問題が発生すると脈象に変化が生じていきます。
脾は、血の生成に関わる運化という機能があり、津液の輸送にも関係しているので、血にも影響がいきやすいです。統血では血が漏れないようにコントロールしていますが、統血の働きが低下してしまうと、出血にもつながりやすいと考えていくので、血の不足によって脈象に変化が出る可能性があります。昇清は、上に栄養を送る働きがありますが、栄養を送ると同時に、いらなくなった濁陰を除去する働きがあるので、昇清が低下すると濁陰が停滞しまうために、血の運行に支障を与える可能性もあります。
肺は、気の働きと大きく関係しやすく、津液の運行にも関わるので、心と強調して血を生成し、運行する働きがあるので、肺の機能が低下してしまうと、脈象にも変化が生じてしまいます。
腎は、精と関係する蔵精という働きがあり、吸気と関わる納気という働きがあるので、血の生成や運行に少なからず関係しているので、腎の機能が低下してしまうと、脈象に変化が生じる可能性があります。
脈象と臓腑で考えていくときには、寸口・関上・尺中という三か所の場所があり、それぞれ、寸口が上焦、関上が中焦、尺中が下焦として考えていくことができるので、心・肺の障害による脈象の変化は寸口、脾胃の障害による脈象の変化は関上、肝腎の障害による脈象の変化は尺中に生じると考えられるのですが、尺中は腎で捉えられることが多く、肝の問題では寸関尺ではあまり考えないことが多いです。
4.脈象と発生機序
(1)浮沈
脈の基本として言われる祖脈は浮沈遅数虚実があり、浮沈は病態の表裏を示すことが出来るものとして重要な脈になります。脈というのは浮中沈の三部でしっかりと感じられる脈がよく、浮沈に偏らない脈がいいと言えます。
脈自体は気血の運行状況を示すことにもなり、寒熱の影響を受けやすいために、日々の生活、環境、体調によって浮沈の脈が現れてしまうことがあります。
浮脈は、浮いている脈ですが、沈でも脈は触れていくので、イメージで言えば「▽」のような脈が浮脈で、「△」のような脈が沈脈になります。浮脈は外邪や熱が関係しているときには、気血の働きが活発になり、血の往来も活発になるために生じている状態です。
脈は他の診察法と同様で、一つの状態で全てを完璧に現わす訳ではないので、浮沈の脈では虚実も合わせて診ていくことが大切になります。浮脈で実脈になっているのであれば外邪の可能性が高く、浮脈で虚脈になっているのであれば、身体の力が大きく低下していることになります。
身体の機能が弱くなって浮脈が生じている場合は、気血の循環がよくないということなのですが、沈という根っこを持つことが出来ないために生じていると言えます。脈が非常に弱くて、沈脈で感じない場合は浮脈ではなく、濡脈と表現する方が適切になります。
濡脈は、浮で触れやすい脈ですが、脈幅は小さくて、弱い感じがあるので、案じていくと消えてしまいそうな脈になり、痰湿が身体に影響して血の運行障害が発生しているか、虚が強くなってしまったことで気血の不足によって発生しているかのどちらかになります。拍動のリズムが一定でない場合は、散脈と考えていくことができ、身体が極度に弱くなってしまった状態を表します。
虚が原因で生じている場合の浮で感じる脈を考えてみると、以下のように並べられますが、濡脈の場合は、痰湿が影響している場合があるので注意が必要ですね。
浮>濡>散
浮脈で実の傾向がある場合だと脈象の違いとしては以下のように並べられます。
弦・緊>滑
沈脈は裏の脈として考えていくこともできますが、冷えが生じている場合に、外に向けて気血の力を発揮できていない状態が発生していると考えることもできますし、気血を循環させる力が弱くなってしまったために生じていると考えることもできます。
沈脈でも虚実を考えていくことができるのですが、沈脈では虚実だけではなく、より深さがある場合の脈があり、沈脈よりも深い脈が伏脈や牢脈になります。伏脈よりも触れた感じが硬く緊張しているものが牢脈になりますが、伏脈・牢脈は冷えが強い場合に生じやすい脈になります。
身体が冷えると、脈の流れも阻滞し、内側に沈められてしまう状態になるので、沈の傾向がある脈は冷えと関係することが多いです。
(2)遅数
脈の遅数という遅い・速いという違いは寒熱と関係することが多く、冷えている場合は遅、熱い場合は数と考えていくことができます。冷えている場合は、気血の循環不全が生じてしまいやすいので、脈の状態は遅くなることが多く、熱い場合は、気血の循環が活発になってしまいやすいので、脈の状態は速くなることが多いです。
身体の状態が極度に弱ってしまった場合でも、遅数という違いが生じることがあります。気血の不足が強くなってしまえば、脈自体が流れにくい状態にもなるので遅くなることがありますし、陽気の不足が生じてしまえば、身体が冷えてしまう状態になるので、脈も遅くなりやすいです。
気血の不足でも陰気の不足が生じてしまえば、身体が冷やせないために熱くなってしまう状態になるので、脈は速くなりやすいです。遲数は脈が速いか遅いかを診ていくものですが、詳細にみると以下の分類があります。
疾>数>緩>遅
細かく分類することは可能ですが、基本は遲数が分かれば十分なので、遲数以外は注意をしなくてもいいのではないかと思います。
(3)虚実
虚実は、浮・中・沈の全ての場所で生じやすいものであり、虚の場合は身体の虚、実の場合は身体の実と関係していきます。気血津液が虚している状態であれば、血の運行も弱くなってしまうために、虚脈が生じ、気血津液の実・外邪が影響している状態であれば、血の運行が強くなっていくので、実脈が生じることになります。
脈診に慣れていない状態でも、脈が弱いか強いかの印象は受けると思うので、虚実は判別しやすい脈象だと思います。ただ、数人しか診たことがないと分かりにくいので、多少の経験は必要だと思います。
(4)滑濇
脈象の滑濇は、脈を触れたときの感触についてであり、滑は滑らかな感じ、濇はざらざらとした感じになります。滑脈は国家試験だと痰湿の脈として考えていくものになりますが、臨床では、正常脈・妊娠脈とも言えるので、ほとんどの人は滑脈と言えます。
痰湿や食滞で滑脈が生じることがありますが、食事をする前の脈は少し弱い感じがありますが、食事をすると脈が強くはっきりする感じが生じるので、滑脈でも少し強いかなと感じる物だと痰湿や食滞で考えていくことができます。
食事をすると気血の活動が活発になるので、脈の状態もはっきりとしやすい滑脈を生じることになります。
濇脈は血の流れが悪くなってしまい、円滑に流れていないような脈になり、特徴的な脈の一つなのですが、典型的な濇脈を一度、触れていかないと理解しにくい脈の一つですね。私は典型的な濇脈を何度か触れる経験ができたので、感覚として理解できていますが、典型例を触れられないと理解しにくいだろうなと思います。
(5)長短
脈の触れる範囲が広く感じる場合を長脈といい、寸関尺の範囲に満たないものを短脈といいます。短の程度が強く、関上の一点だけで強く感じる物を動脈といいます。脈の長さが長い場合は、陽気が強いことによって、血の流れが強くなっている状態なので、熱が強いと考えていくことができます。
短脈の場合は、血の推動作用が低下してしまって、脈の運行が障害されていると考えていくので、気滞や気虚によって血の推動作用が低下してしまった状況で発生をしやすいです。動脈になっている場合は、非常に極端な状態になるので、痛みが強い場合に生じることが多いと考えられます。
(6)結代促
結代促は脈の流れである脈律の異常であり、脈が止まる不整脈のような状態になります。詳細では細かく分かれるのですが、結と代は合わせて結代と表現されることが多いですし、促は表現としてもあまり目にすることもないでしょうから、脈が止まるのは結代として理解していいでしょうね。
脈律の異常が生じてしまうのは、気の推動作用が低下した状態といえるので、外邪によって血の流れが低下させられてしまったときや、熱によって津液が不足し、血に不足が生じ、血の流れが悪くなってしまっていると考えていくことができます。
原因がいろいろあっても、結果としては血瘀(瘀血)がある状態に変わりはないですし、気の推動作用が低下しているということなので、治療では血瘀を除去し、気の推動を高めることが大切になります。瘀血を生じている原因もしっかりと分かっていれば、よりいい治療を目指すことができますね。
5.まとめ
脈診は毎回使っていないですが、度々利用することもある診察法で、重要な物だと思っているのですが、なかなか細かいところまでは調べて理解できている訳ではなかったので、ブログの中でまとめてみました。
まだまだ理解が完全ではないですが、脈診について少しでも知りたいという方がいるようなら、少しでも役立てたらいいかなというところですね。自分の中でもしっかりとまとまりきっている訳ではないので、誤りがあるかもしれませんが、せっかく情報としてまとめて、頭の中も整理したので、臨床の中で、利用して理解を深めようと思っています。
脈診については、祖脈に慣れることが大切でしょうし、脈診ってやってみたいけど、どうしようかなと思っている方は、こちらのブログも参考にしてみてください。
脈診は、簡単に身体の状態を診られる診察法ですが、個人の主観が強くなってしまい、自分の治療というスタイルに合わせて脈診を合わせていく場合もあるでしょうから、客観性を失ってしまう場合もありえると思います。ただ、最終的には「わかる」ではなく、「かわる」「よくなる」が目的でもあるので、自分の中で完成してもいいのかなと思います。