東洋医学で考える痛み―不通則痛・不栄則痛

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 東洋医学で痛みはどのような状態によって発症するのかを非常に簡潔に表現をしています。

 痛みの原因は、「不通則痛」「不栄則痛」の2点になります。それだけ?そう、それだけです。東洋医学では身体に気血津液精が流れていて、流れていない状態が病気と考えていきます。

 

 気血などが流れていないということは、自然界で言えば、水や日光などが来ない状態になってしまうので、草木も枯れていってしまいます。その考えを身体の中に応用したのが、不通則痛・不栄則痛になります。

 

 中医学の書籍を見ると、痛みが発生する原因はいろいろと書かれているのですが、最終的には不通則痛・不栄則痛による痛みと言えます。もちろん、何故、気血などが流れないのかを考える必要はあり、大切なのですが、結論は非常にシンプルです。

 

 治療の現場で、逃げの用語にもなるかもしれない「血行が悪いから」「気の巡りが悪いから」「循環が悪いから」というのは、あながち間違いという訳ではないですね。

 

 ただ、それだけになってしまうと考えるのをやめてしまって、病能の把握をすることがなくなってしまうので、何故、不通則痛・不栄則痛が生じるのかを考えるのが大切なので、考え方を書いてみたいと思います。

 

 気血などが流れないことが病能になるので、痛みがあるときに考えるのは、虚実が重要になります。例えば、何かが詰まってしまっていれば、実と考えることが出来るので、体質や症状をみて実のようだと考えれば、ただ血行不良と言っていたものに、内容が加えられます。

 

 虚の場合を考えるときには、さらに二つに分けて考える必要があるのですが、流れてくるものがない場合と、流す力がないになります。流れてくるものがないというのであれば、気血などが不足してしまっている状態になるので、気血などを増やすことを考えないといけなくなります。

 

 気血の生成ということでは脾胃を考え、精では腎脾を考えていくことが必要になります。気の生成では肺が関係する宗気もあるので、呼吸器疾患もあるようであれば、肺も考えることが必要になります。

 

 流れる力が弱いのであれば、流す力を強くしないといけないので、気であれば肺肝、血であれば心・肝を考えていくことが大切になると思います。邪魔なものがあって、気血などのめぐりが悪いのであれば、気血の流れをよくすることによって、邪魔なものを取り除くという考えがあるので、気血の循環に関係する臓はしっかりと理解しておくことが必要になります。

 

 痛みがあるということを不通則痛・不栄則痛とだけにしてしまうのではなく、何故、起きているのかを考えることによって、東洋医学的な考え方が出来るようになっていくと思います。

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