表虚の自汗と気虚の自汗

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 表虚と気虚の自汗は、衛気の不足により腠理をコントロールできなくなり、発汗してしまう状態という意味では同じになります。

 何が違うのかというと表虚というのは、問題が生じている場所を示しているので、衛気の不足が生じた結果、自汗が生じているというのが、表で起こっているということを示しています。

 

 気虚の場合は、気の不足によって生じるので結果的に、表が虚している状態になるので、気虚で自汗があるから表虚もあると表現をしていくことができます。逆の表虚があるから気虚だというのも成り立つのですが、表と使っていく場合には外邪という意味を含むことがあるので、完全に同じとは言い難いです。

 

 表虚という状態で言われやすいのは、外邪によって、表面で身体を守っている衛気が負けてしまうことで、腠理のコントロールが出来なくなってしまったために、表を守る衛気の働きが弱くなり、腠理の開閉もだめになってしまった結果、自汗が生じていると言えます。

 

 衛気が弱くなってしまったために、腠理の開閉が出来なくなり、自汗になったという結果だけをみれば、表虚も気虚も同じになるのですが、表虚の場合は、外邪の話しをしたように、自汗に至るまでの過程があります。

 

 自汗があるから、気虚があり、自汗があるから表虚があるというのは正しいのですが、自汗があるから表虚であり、表虚だから気虚であるというのは微妙なことになります。

 

 どちらも同じようなことなので、細かいことは気にしなくてもいいとも言えるのですが、病因が何なのかというのを考えていくのであれば大きな違いになるので、注意が必要だと思います。

 

 外邪との関係だと肺は外邪と関係をしやすく、外邪に負けてしまいやすいので、肺気虚になると自汗が生じ、表虚も生じていることがありますね。

 

 気虚があると表虚である自汗が発生しやすいですが、必ずしも表虚の自汗が生じる訳ではないので、気虚だから自汗があるはずだと決めつけてしまうのもいけないです。

 

 弁証を決定するために、病証というのがありますが、病証は必ずしも全てが揃っている訳ではないので、病因(原因)、症状(病証)、経過から、現在の状態がどうやって生じているのかを考えていくことが大切です。

 

 一つの側面からだと外してしまうことがあるので、望聞問切という4つの診察法により、身体の状態を細かに観察し、情報を並べ、その中から適切な病証を導き出すことが重要ですね。

 

 自汗ということでは、表虚や気虚という単語が組み合わさることが多いですが、身体の状態を表現するのに様々な呼び方があると思っておくといいと思います。

 

 国家試験を考えるのであれば、表虚で自汗、気虚で自汗だけの知識でもいいのでしょうけど、東洋医学的に身体の状態を理解していくためには、何が違うのか、同じところは何なのかというのを意識しておかないといけないですね。

 

 鍼灸の書籍だとそれほど意識することがないので、表虚の話しは出てこないですが、漢方の書籍を見ると度々出てくるので、東洋医学を学んでいくのであれば、表虚については理解をしておいた方がいいですね。

 

 漢方系の書籍で表虚という表現がよく出てくるのは、『傷寒論』の中では、八綱弁証で身体の状態を理解するというのが当り前の状態になっているので、単語として当然のように出てくるのですよね。

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