鍼灸は治療なのか?リラクゼーションなのか?

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 鍼灸を行っている人達は、鍼灸のことを治療と表現することが多いでしょうが、鍼灸師以外からしてみたら、リラクゼーション、慰安、養生と捉えられることもあるのではないでしょうか。

 私自身も鍼灸は治療だという考え方のもと、ずっとやってきているのですが、経験が長くなればなるほど、治療ではなく、リラクゼーション、慰安であり、養生ではないかと思うようになりました。

 

 以前から、考えることは多かったのですが、英語を少し勉強してみると、治療は「cure」ですが、使い方から考えると、「cure」だと、よくなるということで、来院しなくなると考えられます。治療という表現も、よくなったら、元に戻るか、または、症状は不変の状態として、その人に残る「症状固定」としては通院対象から外れます。

 

 私自身も治療という考え方は、来なくなるという前提だったはずなのですが、気付いたら、毎週、数日おきに診るのが当然のことになっていて、長い付き合いになっている患者さんも多いです。

 

 これは本当に治療なのでしょうか?

 

 もちろん、最初は何かの強い症状があったことが多く、その症状は変化をしていることが多いですが、長い付き合いの症状もあります。

 

 継続して鍼灸を受けていると、それまであった身体の重さや、加齢による低下が気にならなくなるという話しをして頂くことがありますが、これって、医療というよりも、養生になるのではないでしょうか。

 

 医療とは何かを考えていくと、自分がやっていることは、何なのだろうかと考えることが多いです。

 

 現代医学による医療でもよくなって通わなくなる人もいますが、年と共に不調が増えるので、通い続ける人も出てきているので、そう考えていくと、それは、医療でありcureなのでしょうか。

 

 身体の能力が低下していき、不具合を起こすのが当然なので、年と共に症状が出てきて消えないのは、「固定」になっていくのではないでしょうか。この「固定」に対して行うのは、「治療」なのか、「慰安」なのか、それとも別の何かなのでしょうか。

 

 柔整の問題はいろいろとあるので、少し置いておきますが、鍼灸の訪問の保険が継続した物だから医療ではないという話しを聞くことがありましたが、そうなると現代医学でもよく通院していて変化が出ないのは、「治療」ではなく、「慰安」になるのでしょうか。

 

 患者さんの気持ちになれば辛い物を少しでも軽減してくれるのは、「治療」と言えるでしょうが、定義を患者さんに置くのか、症状の変化に置くのかで、見え方は大分違ってくるのでしょうね。

 

 ということで、最近の私は、鍼灸での治療ではなく、「身体の変化を狙う」、「慰安」、「リラクゼーション」、「養生」と表現することが多いです。それが本当に正しいのか分からないですが、自分の中で納得できる表現でいこうと思います。

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